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  • 執筆者の写真mizuki shikimachi

祖父と僕⑦祖父の最後の言葉と、式町水晶の人生の指針

更新日:2023年11月15日

2023年10月20日のことでした。

これが、祖父の意識がある最後の会話です。


祖父がふと何か察したのか、

「水晶、大丈夫か?不安なのか?」

と言ってきました。


「いやぁ、色々あってさ」


「水晶が一番カッコ良いよ」


「何言ってんだよ、じいちゃんがいてくれないとダメだ。じいちゃんが一番に決まってるじゃないか」


「水晶、負けるなよ」


そう言って祖父は笑顔でスッと寝ました。



この後日、祖父の容体が急変。


訪問介護の方々が向き合ってくれている中、「行ってくるよ。なるべく早く帰ってくるからね」と告げて現場へ向かいました。


「マジメなじいちゃんなら、ドタキャンなんてしない。でも、本当は一緒にいたいよ」と思っていました。


しかし、その移動中に往診の医師の先生から連絡がありました。


「残念ですが、お祖父様の呼吸が止まりました・・・」


「ウソだろ!?こんな時に一緒にいられないなんて!」


この時ほど、アーティストという自分の職業をネガティブにとらえたことはありません。



祖父の命日は10月23日。

本来のお葬式・火葬は27日だったはずなのですが、不思議と翌日のぼくの誕生日である28日になりました。


祖父は生前、

「水晶の誕生日まで、この身体はもつかなぁ?」

と言っていました。


祖父のスマホのパスワードは「1028」。

ぼくの誕生日にしてくれていたのです。


「じいちゃん、本当にアツイ人だね。約束を守ってくれるじいちゃんらしいよ。この日までもったよ。誕生日まで一緒にいてくれてありがとう」


祖父のいない人生は、「王将がない将棋」のようなもの。


「じいちゃんなら、前を向いて生きろ」と言うと想像がつくのですが、人生の歩を進める気になれない状態が続きました。


ただ、祖父の死から、「自分はどう生きるのか」というメッセージを受け取りました。


「どんな人間でいたいか?」と言うと、「資本主義バリバリのラグジュアリーな生活を送る人」ではなくて、「教育、福祉、子育てという軸で、人の心に寄り添える人」でありたいのです。





こう思えるのは、祖父がまさにそういう人だったからです。

祖父がぼくにくれた愛を、広げていける生き方がしたい。


「水晶、負けるなよ」という祖父の最後の言葉は、「自分自身に負けるな」ということ。

欲や闘争心に飲み込まれるのではなく、平和・愛・心地良さを届けていける人であれということだと、理解しています。


これまで、いじめ、不登校、障がい、孤独などについては、当事者としての寄り添いができました。でも、大切な人を亡くした経験はなく、想像の域を超えませんでした。でも、このように身をもって経験したからこそ、「大切な人を亡くされた人に、心から寄り添える演奏」が届けていけるのだと、思えています。


生きづらさを抱えている人が、自分のことも大事な人のことも大切に生きていただけるように活動をしていきたい。




誕生日は、祖父のお葬式をした日でもあります。毎年この日が来るたびに、この初心を振り返り、祖父の心を自分に宿して、祖父のような愛あふれる人になれるよう、精進していきます。


「祖父と僕」を読んでいただきありがとうございました。


11月16日に小田原三の丸ホールで開催いたします、メジャーデビュー5周年コンサートでは、こういった想いを込めた演奏とお話ができればと思っています。


引き続き、式町水晶をよろしくお願いします。


式町水晶




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Profile

式町水晶(しきまちみずき)

1996年北海道旭川生まれ。
脳性まひと闘うプロヴァイオリニスト。

 

東日本大震災の津波に耐えた陸前高田奇跡の一本松と被災地に残された瓦礫や家具を再利用して作られた 「津波ヴァイオリン」を所持し演奏することを託される。

障がい者と健常者の垣根を越え、 より多くの人々に夢や希望を贈りたいとの思いで、東日本大震災チャリティーコンサートや、全国各地での災害支援活動、社会貢献活動を中心に、コンサート、 ライブ、 各種講演会、 楽曲制作も精力的に行っている。

式町水晶
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